刻みなおす言葉


我が師、八木義徳さんのこと

 今から17年前のこと、日本の大学では初めての仏文科を早稲田大学に創設した吉江喬松の番組の取材で、吉江の教え子で芥川賞作家、日本芸術院会員の八木義徳氏にインタビュ−をさせていただきました。それは次のような内容でした。

 「吉江先生の授業の時間に、先生は私たちに文学的才能というものの本質は何かとお訊ねになりました。

 私たちはわからずに黙っていると、先生がいきなり黒板いっぱいにPatience(パシアンス)と書いたんです。忍耐という意味ですね。そして、これです、これ以外にありませんとおっしゃったんです。

 そのころ僕は文学的才能というものは例えば泉鏡花みたいな才能で、きらきらと光り輝くものが文学的才能だろうと思っていましたので、吉江先生が忍耐だとおっしゃったから安心したんです。

 私は生まれが北海道でしょう。だから長い間雪に埋もれてじ−っと春の来るのを待っているわけですから、忍耐力というものなら自分にもあると思ったんです。

 あの時、もし、先生が文学的才能というものはもっときらきらした光り輝くもので泉鏡花とか芥川龍之介だとかという人の事をおっしゃったら、こっちはそんなものは自分にはないから諦めたということはないにしても非常に不安になっただろうと思います。

 それを先生は忍耐だとおっしゃったもんですから。いま考えるとそれが私にとってはとてもありがたい言葉でした。」

 時流に流されず、妥協せず、自分の生き方を貫いた、その淡々とした八木先生のお姿とそれを支えた「パシアンス」という言葉に私は深い感動をおぼえました。以来、「パシアンス」は私にとっても仕事の支えになる言葉になりました。

[八木義徳氏]
1911年、北海道室蘭に生まれる。早稲田大学仏文科卒。1944年、「劉広福」で第19回芥川賞を受賞。著書として「風祭」「海明け」「遠い地平」「漂雲」「家族のいる風景」「北風の言葉」「母子鎮魂」「私のソ−ニャ」「命三つ」「夕虹」など多数。日本芸術院会員。平成11年11月歿。